夜のつきあいも仕事のうちという感覚だ。
だが、これは、倒産を経験して「よいN」になった現在の話であり、「悪いN」時代の当時は、銀座に繰り出しては一晩で100万円、200万円とばらまいていた。
7、8年前まで、青森の片田舎で、詰襟の学生服を着て、1000円、2000円単位のこづかいで暮らしていた男である。
ふと、故郷の同級生や大学時代の同級生に出会ったりすると、みんな、その延長線上のつつましくも、おだやかな生活をしている。
「銀座のクラブで、10万円、20万円のドソペリーロゼを飲みながら、これはいったいなんだ。
オレの才能なのか、運なのか。
それとも……と考え込んでしまうんです」「選ばれてあることの恍惚と不安と2つ我にあり」……という19世紀のフランスの詩人Vの言葉がある。
頂きに立つものは、誰でも例外なく、この「恍惚と不安」に襲われるのだ。
やがて、その不安のほうがしだいに大きく、色濃くなってくるのに、そう時間はかからなかった。
気がついたときには売れなくなっていたいまとなれば誰でも、あの時代は日本中が狂っていたのだといってのける。
日本企業がニューヨークのロックフェラーセンターを買い取り、ハリウッドの名門だったコロンビア映画も買い取った。
東京・銀座4丁目の角の土地が1坪1億円にまではね上がったのを皮切りに、山手線の外にある、セミ都心部の60平方メートル前後のマンションにも、平気で1億円近い価格がついたのだ。
バブルのピーク時には、それが大した苦労もなく売れていった。
だが、1990年代を迎えたころ、気がつくと、売れ行きは目に見えて鈍化してきた。
「それまで、月30件売れていたものが月20件しか売れなくなり、はっと気がつくと、月に10件になっている……。
そのうちに、まったく売れなくなってしまったんです。
それも、落ち込みがはじまってから売れなくなるまで、本当にあっという間。
自分でも日々の数字が信じられなくて、目をこすって数字をチェックしているうちに、どんどん足元が崩れていきました」。
Nは、いまもときどき、当時のおそろしさが蘇り、鳥肌がたつ思いにかられることがあるという。
株価が天井を打った後も、不動産バブルはまだ、熱気を保っていた。
人間の身体と同じように、経済もまた″高熱″を発したならば、なんらかの施策を講じ、熱を下げる努力が必要だ。
政府は、なんとしても、不動産市場の″高熱″を下げなければならないと考え、平成2年9月、まず、損益通算の見直しを行い、税制面からの不動産投資の抑制策が実施されるにおよび、投資の魅力を削ぐことになった。
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